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2025年11月9日 勝沼ぶどう郷駅を出ると、眼下の甲府盆地一面にぶどう畑が広がり、胸がすくような景色が広がっている。勝沼は、奈良時代よりぶどうにまつわる伝承が残り、江戸時代には日本のぶどう栽培の原型、甲州式と呼ばれるぶどう棚栽培が考案された。ぶどうのだんだん畑は、法面(のりめん)が石積みされ、日本遺産「葡萄畑が織りなす風景」の一つになっている。風情あるぶどう畑の合間をのんびり歩きながら、勝沼の里へ下りました。途中に勝沼氏屋敷跡がありました。それから勝沼市の古い街並みを歩き宮光園を見学し、ワイナリーの散在している坂道を登り勝沼ぶどうの丘に行き着きました。帰りはぶどうの丘から勝沼ぶどう郷駅まで30分ほど歩いて戻り、たまたま間に合った特急開示で立川駅まで戻りました。特急が止まる駅であったことには驚きました。 日本ワインの歴史を語る上で外せないのが、宮崎光太郎です。彼の私邸が宮光園として、ワイン資料館になっている。養蚕農家の2階部分を1928年(昭和3)に洋風に改修したもので、ガラス窓が優美でした。勝沼では1877年(明治10)、日本初の民間ワイン醸造会社「大日本山梨葡萄酒会社」が誕生したが、9年後に解散。宮崎は、渡仏した技術者、ワインの醸造器具などを引き継いだ甲斐産商店を立ち上げ、さらに、父の市左衛門が自宅に設けた醸造所を1891年(明治24)に継いだという。2階はそんなワイン黎明期を伝える展示室。醸造器具類、宮崎葡萄酒醸造場創業当初のワインボトル、宮崎が工夫を凝らした飲みやすい一合瓶ワイン、皇室の方々が来園された様子などを伝えている。1947年(昭和22)には昭和天皇が宮光園に行幸し、これを受けて石碑「天覧葡萄宮光園」が建立された。戦後、日本連抽株式会社は日清醸造となり、1949年(昭和24)に「メルシャン」ブランドのワインを発売した。
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