「スポートロジー(Sportology)」という、新しい学問が注目されています。スポーツや運動に携る研究者や指導者が、それぞれの知識や経験をインテグレーションし、運動や身体活動に関する学術成果をより効果的に社会に活用することが考えられています。 スポートロジーは、運動・身体活動に関する研究と、医療・臨床医学などの多領域の研究を融合し、疾病の発症予防や治療、健康の維持・向上に役立つと期待されています。 スポーツに関する研究は、体育学、スポーツ科学、健康科学など競技スポーツから健康増進にいたるまで、さまざまな基盤があります。一方で、医学からみた運動や身体活動は、内分泌・代謝性疾患や循環器疾患、整形外科領域などで研究が活発に行われ、臨床でも広く応用されています。 運動や身体活動を積極的に行うことが、肥満や生活習慣病の予防・改善において重要であることは広く知られています。例えば、メタボリックシンドロームや肥満、糖尿病などの生活習慣病の治療・管理では、運動療法が食事療法と並び有効とされています。しかし、運動療法の有効性に関するエビデンスは十分とはいえず、特に日本人に対するエビデンスを創出する前向き介入研究点が必要とされています。スポートロジーでは、スポーツ・運動、医学、健康科学、医療、社会学、心理学など、関連するさまざまな研究領域の深化と統合がはかられています。 ・ 体重増加や肥満の要因は、エネルギー消費量の減少。糖尿病や肥満者では、脂質代謝や食欲調節の中枢である自律神経の活性が低下していることが、さまざまな研究で確かめられています。速歩、ジョギングといった運動だけでなく、歩行や床そうじといった日常での"何気ない運動"を増やし身体活動を増やすことに着目し、約10年前に提唱されたのがニート(NEAT)です。日本でニートといえば、仕事をしていない「若者無業者」を連想しがちですが、これとは全く別物です。正式には、Non-Exercise Activities Thermogenesisの頭文字で、日本語訳では「非運動性熱産生」、つまり「運動ではない日常生活活動による消費エネルギー」を意味します。これは通勤や通学、階段昇降、掃除洗濯など日常生活場面そのもので消費するエネルギーのことを指しています。消費エネルギーは、大きく基礎代謝(約60〜70%)、NEAT(25%)、食事(10%)、運動(5%)に分けられますが、基礎代謝に次いでNEATはエネルギー消費が高いのです。2005年アメリカのサイエンス誌に「太っている人はやせている人に比べて、1日に164分間座っている時間が長い」といった研究が発表されました。これは日々お茶碗2杯分(350キロカロリー)のカロリー消費が滞り、その分のカロリーが体内に蓄積されている計算になります。歩行に換算すると2時間程度の普通歩行(約30分で100キロカロリー)、早歩きで70分程度の運動量となり、1週間まとめると2,450キロカロリーでフルマラソンに匹敵する消費エネルギーとなるのです。日常生活での活動を増やすことが、糖尿病やメタボリックシンドロームの発症防止に大きな役割を果たすようです。 ・ 小児期からのスポーツ参加は、子供のさまざまな肉体・神経機能のみならず、精神や個性、協調性を育み、統合していく役割をはたします。小児期から青年期のスポーツ参加では、どの年齢にどのレベルのスポーツ競技を取り入れていくべきかを詳細に調べることも必要です。 ・ 肥満の要因は不健康な食事と、運動・身体活動の不足であり、糖尿病の発症予防でも身体活動の増加が果たす役割は大きくなっています。世界的に肥満や糖尿病が増加している要因として、現代人が運動不足に陥っているだけでなく、日常での身体活動が不足していることが着目されています。電話するとき、メールするとき、読書、休憩、会議なども立って行い、座ったまま過ごす時間をなるべく減らす新しいライフスタイルが必要とされています。 ・ 日本を含め、全世界的に高齢化社会が進展しており、筋萎縮が課題となっています。筋萎縮の原因のひとつに、筋肉を使用しないでいると起こる「廃用性筋萎縮」があります。活性酸素は、生体内の蛋白質やDNAを酸化することで筋萎縮や他の老化プロセスにかかわる物質だが、ミトコンドリアが発生源であることが最近の研究で突き止められました。人工呼吸器を使用すると、横隔膜の萎縮を引き起こされ、呼吸不全を起こす患者がいるが、事前に運動を行っていると萎縮の割合が低下することから、運動は日常の健康維持だけでなく、手術後の経過を良好にするためにも有効であると示されています。 ・ 脳は環境に作用する行動を発現するためにあるが、無限の正確さをもちえないので、不正確さを補うため事前知識を採用し、あらかじめ「予測」する働きがある。例えば、テニスのショットがどこに来るかを予測するとき、相手が上手であればライン際に打ってくることを計算に入れ、見た目の球筋よりもラインよりにラケットを振る。また、最適な行動をするには、自身の行動を予測できなければならない。脳はこのような機能が発達しているという。脳の行動制御システムが最適な行動を作り上げるメカニズムは注目されており、運動生理学からの解明もスポートロジーの重要なテーマであることが示されています。 |