埴輪は生前に発注された威信財
はじめに：日本各地にある比較的規模の多い前方後円墳の資料は断片的で、どのような埴輪がどれだけ並べてあったのか、ということが分かる事例は多くないし、あったとしても全てを網羅することは容易でない。従って、本論では群馬県毛野の前方後円墳で発掘された形象埴輪群像をもとに議論を進めるが、新たな発掘資料があれば修正することはやぶさかでない。埴輪は何故作られたかを読み解き、どのようにして造られたかについて議論を進めたい。
八幡塚古墳の分析結果では、埴輪群像全体が「王位継承儀礼の表現」とすることは困難であった。これをまず確認しておきたい。
（若狭徹　2000）は以下のように言う。「埴輪群像の立ち並ぶ姿は、視角的効果も高いものである。無形の墓前祭祀が一時限りのものである一方、埴輪群像は欠け損じるまでの期間、外部から墓をみる者に威容を示し続ける。埴輪群像とは、一義的には被葬者に供されたものであり、かつ外部へ向けてのアビールの装置でもあったと推測したい。」
このように考えると、埴輪「群」は、儀礼・行事・遊びなど有力層が特権的に行う数々の事業を表す造形であり、埴輪「列」は、彼らが占有しうる服飾や武具・威儀具・馬など威信財(財物)の造形に他ならない。すなわち、埴輪とは、被葬者の葬送・顕彰に関わると共に、古墳を造営した被葬者およびその一族の、権威・権力・財力を内外に知らしめるための仕掛けだと思われる。
埴輪は生前に発注されたと思われる。なぜなら保渡田八幡塚古墳では円筒埴輸だけで約六千本の埴輸が用いられたと推定されており、数十本の小型墳でもそれが何千基も造られれば莫大な量になる。粘土作りから始まって埴輪を形作り、焼き上げるという作業はたいへんな労力を必要としたであろう。このことは、埴輸を専門に作っていた人々の存在が考えられ、古墳造りのたびに工人を組織されたのであり、前方後円墳は生前墓であったことを考えれば、古墳造りを始める頃には埴輪造りも始まったと思われる。
群馬に埴輸が登場するのは、近畿地方から遅れること半世紀以上たった四世紀後半のことである。後円部頂に並べられた器台・壺・家・盾形埴輪などは、近畿地方の埴輸にはない在地的な形と、四世紀前半までの古い特徴をもっており、近畿地方やその周辺地域の情報を基に群馬の工人が作ったものと考えられる。6世紀の埴輪群像が、財物表示の性格を強化していくことも、この事と矛盾しない。
保渡田八幡塚古墳『ウイキペヂア(Wikipedia）』
保渡田古墳群：群馬県高崎市保渡田町・井出町にある古墳群。国の史跡に指定されている。本古墳群は、榛名山の南麓の保渡田・井出の地に分布しており、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の三基の大型前方後円墳が残っている。群の西南部に最大規模の二子山古墳があり、その東北方[1]に八幡塚古墳、その西北西[2]に薬師塚古墳がある。築造年代は、5世紀代の後半も終わりに近い頃から6世紀前半代にかけてであり、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の順に造営されたと推定されている。
八幡塚古墳：墳丘長102メートル、後円部径56メートル、高さ現存約6メートル、前方部幅53メートル。高さは削平されて分からない。周濠は馬蹄形で二重に取り巻き、さらに外側を幅の狭い外周溝が巡る。内濠部のくびれ部と後円部後側に4基の中島が配置されている。墳丘には葺き石が葺かれ、円筒列が墳丘裾部、中島裾部、中堤縁に見られる。前方部前面の中堤上に円筒埴輪列で方形に区画された部分から人物類や、ウマ・ニワトリなどの家畜、イノシシ・水鳥など狩猟鳥獣をモチーフとした形象埴輪が出土している。これらの動物埴輪は、埴輪祭祀の一つの表現様式として注目されている。

保渡田八幡塚古墳

 『はにわ群像を読み解くー保渡田八幡塚古墳の人物・動物埴輪復元プロセス』
若狭徹　2000　「埴輪群像の配列様式とその意味」
埴輪の意味を探る　P33
埴輪の意味の変質―威儀具の充実
財物表示が重視されるという点では、関東地方で6世紀になって流行する器財埴輪も注目される。大刀形埴輪・帽子形埴輪・輌形埴輸(弓を使う時の防具を象ったもの)・さしば形埴輪(貴人に差し掛ける大ウチワを象つたもの)・靭形埴輪(矢を背負う道具を象ったもの)など、いずれも当時の権威ある道具(威儀具)を形象したものが、続々と出現するからだ。
5世紀後半頃、中間富裕層(小有力者)が成長して、小型古墳をたくさん造り始める(群集墳)。そして、6世紀になると盛んに形象埴輪を用いるようになり、小さな古墳にまでも威儀具の埴輪や馬形埴輪が立て並べられる。本物の成儀具を所持したかどうかも分からない小古墳の主まで、財物のイミテーションで墓を飾り立てるのである。
6世紀に威儀具埴輪が盛んになり、同時に観音山古墳2グループのような財物の列が充実することをみると、埴輸のもつ意味は、5世紀の「群像による物語重視」から、6世紀後半の「財産表示重視」に移り変わったと考えることが出来る。
埴輪群像の意味とは
では、5世紀後半の人幡塚古墳において様式が整備された埴輪群像の、本来的な意味とはなんであろうか。
八幡塚古墳の分析結果では、埴輪群像全体が「王位継承儀礼の表現」とすることは困難であった。これをまず確認しておきたい。
埴輪群像は、八幡塚古墳では内堤の上に置かれていた。やがてその位置は、観音山古墳にみるように、横穴式石室の導入と運動して、石室の開く墳丘中段に移動した。同様に、埴輪以外の古墳のマツリ(墓前祭祀)も、墳丘裾の造出や張出で行われていたものが、横穴式石室の採用で石室前の広場に移動することが知られる。墓前祭祀も埴輪も共に場を移すのであれば、それは双方とも古墳に埋葬された人物(被葬者)に対して供ぜられたものとするのが妥当だろう。
しかし埴輪群像の立ち並ぶ姿は、視角的効果も高いものである。無形の墓前祭祀が一時限りのものである一方、埴輪群像は欠け損じるまでの期間、外部から墓をみる者に威容を示し続ける。埴輪群像とは、 一義的には被葬者に供されたものであり、かつ外部へ向けてのアビールの装置でもあったと推測したい。
そのように考えると、埴輪「群」は、儀礼・行事・遊びなど有力層が特権的に行う数々の事業を表す造形であり、埴輪「列」は、彼らが占有しうる服飾や武具・威儀具・馬など威信財(財物)の造形に他ならない。
つまるところ、八幡塚古墳で成立し、群馬県地域で盛行した埴輪様式の最も基本的な性格とは、被葬者の葬送・顕彰に関わると共に、古墳を造営した被葬者およびその一族の、権威・権力・財力を内外に知らしめるための仕掛けだとはいえないだろうか。6世紀の埴輪群像が、財物表示の性格を強化していくことも、この事と矛盾しない。
埴輪「群」の各グループが所作する個々の特権的事業には、何らかの意味が付与されているのであろう(例えば、継承儀礼・農業儀礼・葬送儀礼などの諸儀礼、あるいは被葬者顕彰、来世観などがその候補である)。その内容・意味は今は明らかにできないが、今後は個々のストーリーを読み解いていくことが、埴輪祭式の各論に踏み込むために重要な研究課題となろう。

井出二子山古墳

 平成16年　『群馬の遺跡４―古墳時代�機�
　 「埴輪と古墳と古墳時代」　p54
埴輪作りの人々
　 保渡田八幡塚古墳では円筒埴輸だけで約六千本の埴輸が用いられたと推定されており、数十本の小型墳でもそれが何千基も造られれば莫大な量になる。粘土作りから始まって埴輪を形作り、焼き上げるという作業はたいへんな労力を必要としたであろう。
群馬に埴輸が登場するのは、近畿地方から遅れること半世紀以上たった四世紀後半のことである。玉村町下郷天神塚古墳(前方後円墳・全長八十肝)の器台形埴輪、大田市朝子塚古墳(前方後円墳・全長百二十三肝)の後円部頂に並べられた器台・壺・家・盾形埴輪がそれにあたる。どちらの古境とも近畿地方の埴輸にはない在地的な形と、四世紀前半までの古い特徴をもっており、近畿地方やその周辺地域の情報を基に群馬の工人が作ったものと考えられる。この時期の近畿地方でも古墳ごとに形が異なり、常に埴輸を専門に作っていた人々の存在は考えられない。群馬でも占墳造りのたびに工人を組織したのだろう。
五世紀前半に造られた藤岡市自石稲荷山古墳(前方後円墳・全長百四十肝)では、近畿地方と形や作りがきわめて近い家形・短甲形埴輪、円筒埴輸が地域色の強い円筒埴輸と共に出土している。こうした傾向は五世紀中葉の大田天神山古墳(前方後円墳・全長二百十メートル)や赤堀茶臼山古墳(帆立貝式古墳・全長五十九メートル)にも見ることができる。
太田天神山古墳の石棺は大王墓に用いられるものと同タイプで、工人の派遣など大和王権の関与は間違いない。埴輸においてもそれまでの技術の発展ではなく、大和王権からの工人の派遣があったのだろう。ただ、埴輪を立てる古墳が大型墳などに限られており、組織的な埴輪作りが行われたとしても、常に埴輪のみを作り続けていたわけではないだろう。